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Posted by naturum at

2011年07月24日

「田村はまだか」

キャンプに行くときはいつも本を持って行くのだが、― と言うよりも出かけるときは必ず持って行くし、丁度いいのがなければ旅先で求めるようにしているのだが ― みなさんどのような本を持ち出されるだろうか。
僕は、最後まで読み切るかは別として、「爽快な読後感」(佐伯泰英による)がいいな、という思いで選んでいる。
時代小説だと、シリーズ物でも割とすっきりとしているので、よく手にしている。たとえ面白くても『悪人』となると重苦しい手応えだし、やはり選んで持って行くべきだろう。



たまにどうしても題名や表紙に惹かれて手にしてしまう本があるのだが、この『田村はまだか』は、新聞広告を見たときから気になっていた本だった。『ゴドーを待ちながら』のような題名である。

舞台は、なんと札幌すすきののスナック。小学校の同窓会の三次会で、遅れてくる予定の田村を男女5人が待っている。
集まっている男女が、格別つきあいが深いわけではないが、しかし同級生という、損得抜きの絶対的なつながりを持つ関係というのがいい。もうそれだけで、深い話ができる。
そして全員40歳。社会の中堅どころとして、踊り場でふと振り返るような現在の立ち位置。

出てくる話は、損得抜きの関係だからこそ、今の生々しい言葉で語られる。そんな話を、その年齢でしてしまうことに違和感はないのか?

ないのだ。それは、“あのときあの言葉を、あの境遇の田村が言った”という一事が、何年も経つごとに震えるような煌めく記憶になり、その田村について語るに、手垢の付いた文句は陳腐にすぎない。
自然と、一人ひとりの生き方に迫る言葉が口をついて出てくるのだ。

スナックのマスターが、これらの言葉に光を当てる触媒になっている。カバーイラストのこのポーズを、マスターがするのだ。

短編がいくつもつらなっているのだが、ああっ!という伏線が次の登場人物になり、そしてラストに全て集約されていく。

ああ、爽やかだったな。
気になる同級生、町で見かけて突然蘇る同級生の記憶、というのは誰しもあるはずだ。そこのくすぐり方がうまい。やられたな、という感じ。

自分も、心の奥底から、忘れかけている手垢の付いてない言葉を探したくなる読後なのだ。
  

Posted by 伊達直人 at 16:48Comments(0)